最高裁判所第一小法廷 昭和63年(行ツ)166号 判決 1989年4月13日
北海道滝川市緑町四丁目二番四一号
上告人
中嶋豊子
右訴訟代理人弁護士
中嶋郁夫
北海道滝川市大町一丁目八番一四号
被上告人
滝川税務署長
前田喜代治
右指定代理人
植田和男
右当事者間の札幌高等裁判所昭和六二年(行コ)第四号所得税更正処分取消請求事件について、同裁判所が昭和六三年七月一三日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があつた。よつて、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人中嶋郁夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきょう、独自の見解に立つて原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮次郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ッ谷巖 裁判官 大堀誠一)
(昭和六三年(行ツ)第一六六号 上告人 中嶋豊子)
上告代理人中嶋郁夫の上告理由
原判決は租税特別措置法第三七条第六項同条第七項の解釈適用を誤つた違法がある。
一 原判決は、事業用資産の買換の特例の制度(措置法三七条)について企業の合理化及び生産材の有効利用等を図るため特定の事業用資産を譲渡し、買換資産を取得した場合において、一定の条件の下に圧縮記帳の方法によつて譲渡所得の繰延課税の特例を認めるもので、同法は所定の条件に該当する事業用資産の譲渡があつた場合には当然に右特例が適用されるものとはせず、この制度を利用して、譲渡所得の繰延課税を求めるかどうかを納税者の選択に委ねることとした規定をいう。
ところが、措置法第三七条には特に譲渡所得の繰延課税を求めるかどうか納税者の選択に委ねた規定はなく、また同条第一項の規定には当該譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価額以下である場合にあつては、当該譲渡に係る資産の譲渡がなかつたものと規定するように「譲渡所得なきところ課税なし」という実質課税の原則を謳つたものであり当然の減免規定であり、訓示規定であると理解すべきである。
従つて同第三七条第六項の要求する書類即ち確定申告書に適用条文を記載したり、譲渡をした資産の譲渡価額及び買換資産の取得価額に関する明細書等の必要書類を添付するのは買換の事実に関する調査を容易にならしめるに過ぎないものと解する。
そこで上告人は原判決が認定するように本件明神町の土地の譲渡については、昭和五二年分の所得税の確定申告の日の翌日の同五三年三月一五日に買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請書を提出し、被控訴人が同年五月一〇日付でこれを承認したこと、上告人がその後被控訴人に対して買換資産を取得したとして買換資産の登記簿謄本、売買契約書等の書類を提出したこと。
また本件緑町の土地及び本件幸町の土地の譲渡については上告人が昭和五四年三月一五日に上告人に対し買換資産の取得価額の見積額及び取得予定年月日を記載した買換承認申請書を提出していること。
以上の経過から明らかに被上告人に対し事業用資産の買換えの特例の適用を受けようという意思を表示し、買換えの事実に関する調査を容易ならしめているので、本件各土地の事業用資産の買換えの特例を適用するべきである。
二 仮に前記主張が認められないとしても措置法第三七条第七項に規定するような後述三、(一)(二)「やむを得ない事情」があつた。
即ち右規定は税務署長は確定申告書の提出がなかつた場合又は前項の記載若しくは添付がない確定申告書の提出があつた場合においても、その提出又は、記載若しくは添付がなかつたことについて「止むを得ない事情があると認めるときは」当該記載をした書類並びに同項の明細書及び大蔵省令で定める書類の提出があつた場合に限り事業用資産の買換えの特例を適用することができるものとする。
原判決は右立法の趣旨については事業用資産の買換えの特例の適用を受けるための手続の厳格な要式行為の結果として生じ得べき不都合を防止するための規定であるから、この場合における事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載をした書類は確定申告書に記載されるべき前記の記載に代わるものであるから、右書類における当該記載も確定申告書における記載と同様に、事業用資産の買換えの特例の適用を選択する旨の確定的かつ一義的な記載でなければならないと解している。
仮に原判決のいうとおり措置法第三七条第六項を厳格に画一的一義的に理解したとしても、この厳格な要式行為の救済規定としてかえつて厳格に捉えるべきでなく右書類における当該記載も柔軟に理解し単に提出された書類が事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする納税者の意思があればこと足りると解すべきである。
特に本件事案(昭和五二年度期限後申告の場合)の上告人のように、税務申告にうとい者に対し被上告人の如き税務専門担当者が故意に同第七条第七項「止むを得ない事情」の適用をさせないように計り、措置法三七条の適用に必要な書類の提出につき妨害し、必要な書類の追完も不可能な場合、たとえ刑事法・民事法の一般規定を適用して救済しようとしても解決に時間を要し、結局は永久に救済できなくなるので、厳格な書類提出を緩和すべきである。
三 「止むを得ない事情」
(一) 昭和五二年度分の確定申告
上告人はこれまでの税務申告手続について、上告人の夫清明が永年上告人を代行して滝川市農民協議会の税務担当者の指導を仰いで来て右申告手続をなし、そして昭和五一年度までの税務申告については何等問題なく経過して来たのである。
そのため、税務知識にうとい上告人は右農民協議会による税務指導に対し絶大の信頼を抱き、何事も指導を仰いだうえで確定申告手続をなして来たのである。実際農民協議会は、毎年確定申告時期に差しかかると、所轄の税務署長が税務相談要員として毎年税理士法第五〇条に基づき臨時税理士を投じて、信頼を高めて来た。
本件確定申告の場合にも上告人は昭和五三年三月六日臨時税理士本野、農民協議会の職員兼田忠に昭和五二年度分の「買換え資産の特例の適用等」について相談したところ、本件明神町の土地については買換え資産の特例が適用されるとの指導を受けると共に確定申告書およびこれに付随する書類の書き方、提出方法を教えられ、農民協議会の職員がこれらの必要書類に書き込んだのである。
上告人は、これまでの経験則上、農民協議会の職員の指導に全幅の信頼を置いていたので、職員らの書類作成に疑念を抱かず、職員らの指示どおり従つた。しかし結果的には本件確定申告書に措置法の適用条文を失念したまま、この申告書類等を提出したのである(乙第1号証)。
(二) 昭和五三年度分の確定申告および期限後申告
(1) 確定申告について
上告人は昭和五四年二月二八日、昭和五三年度分の確定申告する際、滝川市農民協議会の職員佐藤恒・臨時税理士本野に「幸町の土地」および「緑町の土地」につき事業用資産の買換えの特例が適用されるか否か相談したところ、職員佐藤恒らに上告人の昭和五三年度分の所得は課税されないので、同年度の確定申告書は提出するに及ばないと指導を受けた。
上告人は折角右確定申告書を書いたけれどもこれまで永年農民協議会の職員の指導を受けたが、これまで何等問題もなかつたので、右指導は正しいものと信じ、結局、甲第七号証の確定申告書を提出することなく自宅に持ち帰つたのである。
(2) 期限後申告について
被上告人の税務職員佐藤礼一は昭和五四年八月二〇日意図的に上告人の買換え資産の適用をなきものにしようと計つて同室崎尚久を同行し上告人宅を訪れたため、戸を開けるや挨拶もなく立つたままで権利証・銀行通帳を出せと暴力団と見間違えるぐらい横暴な態度で上告人夫妻にあたつたのである。
つまり佐藤礼一は「あなたは大変心証が悪いからあなたの事業用資産の買換えを全部駄目にしてやる。ガッポリ取つてやるからお金を用意しておけ」と上告人夫妻に暴言を吐いた。いずれにしても明らかに右佐藤が感情的になつて税務調査をなし、なにがなんでも上告人の買換え資産の適用を無効にしようと狙つたことは明らかである。
そこで被上告人がかかる意図に基づいて上告人より課税せんと狙つていたものであるから、夫清明が昭和五四年一一月二四日、同五三年度分の期限後申告書を提出するために被上告人を訪れた際にも職員室崎尚久と応対し「正しい課税をさせてほしい、そのためにも税務署側の調査明細書を検討したうえ確定申告に応ずる」と申し述べたにも拘らず、室崎は期限後申告書の内容および調査明細書を夫清明に見せることなく唯強引に同申告書の署名欄に記入し押捺するよう求めた。
夫清明はこの捺印の要求に対しそれは無理であると申し上げたところ右佐藤は「心証を害した、重加算だ」と清明を怒鳴りつけ、各税務署員の面前で罵倒した。
夫清明はこのような異様な雰囲気に押されて止むなくこの署名欄に署名したものの、この署名そのものも意思に反するのでささやかな抵抗として捺印は拒否した。
ところが右室崎は取り敢えず調査明細書は後日渡すからと称しつつ、突如清明の机の前に置いてあつたカバン近くにある中嶋の印鑑を勝手に取り上げ無断で昭和五三年度の期限後申告書に盗印し、作成したのである。
かかる状況下に申告書は作成されたものであるから、上告人夫妻には全く申告書を作成する意思はない。かえつて被上告人は上告人より不当な課税を徴せんとの目的に虚偽の申告書を作成されたものでその不正工作もはなはだしい。
原判決の判示するとおり、租税特別措置法第三七条第七項に記載されている書類の提出を厳格に解釈しなければならないとするならば、本事案の場合…税務署職員による不正行為…はたして何人が買換え資産の適用を受けるための書類不備を追完し得るだろうか疑問である。
(3) 従つて原審の判決に従えば、税務に疎く経験に乏しい善良な市民には「止むを得えない事情」の条項の適用を受けることは殆ど不可能に近く、この条文は死文に等しいものといわざるを得まい。
よつて右条文は救済規定らしく同法三七条四項の規定に基づく買換え資産の取得価額及び取得予定年月日を記載した買換え承認申請を提出したこと等をもつて、事業用資産の買換えの特例の適用を受けようとする旨の記載した書類と代置すべく柔軟な解釈を望む次第である(甲第五号証、甲第一〇五号証)。
(4) 以上のとおり上告人が措置法の適用を受けるにつき、適切な指導がなされないばかりか…一般的にはこのケースが多いだろう…かえつて措置法の適用を不法に妨害した、世にまれな事案である。かかる不正行為に基づく場合には一義的・画一的に解せず、積極的に措置法第三七条を適用し救済すべきである。そのためにも上告人は控訴審に対し昭和六三年五月一一日、「止むを得なかつた」真相を解明するため佐藤礼一・室崎尚久・本野俊雄・佐藤恒・石田昇ら各証人を申請したが、この申請は却下され、「止むを得ない事情」の事実が解明されず、結局審理不十分なため事実を誤認し、法令の解釈も誤つたことも付言したい。
以上